フィッツジェラルドに憧れて

思うこと書いていくだけのチラシの裏

僕は僕の誕生日が嫌いな話

僕の誕生日は5月14日、バナナマン日村勇紀と同じ誕生日

 

僕は僕の誕生日が嫌いだ

 

金原ひとみの「マザーズ」を読んでて感じたことなんだけど、幸せであるように見えることの本質って実はわからないよねって思った

 

子供を産むこと、母であることが社会的に幸せであるという押し付けがあるせいで本当は幸せなんかじゃないのかもしれない

 

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もう24回もこの儀礼的なことを、他に漏れることなく繰り返してきたのだけれど

 

大昔にエジプトから持ってきた太陽暦に印した1/365になんの意味があるんだろうか

 

誕生日とかと同様にクリスマス(恋人たちのイベントとしての)やお正月とかも

 

祝わなければ喜ばなければいけないという周りからの圧力が充満しててすごく気持ちが悪い

 

幸せの押し売りが窮屈だ

幸せじゃなくても喜ばなきゃいけないのか

喜ばなければ社会不適合で欠落しているのか

 

儀礼的なことは大昔には本当に喜ぶべきことが行われていたはずなのに

今では消費のために利用され、広告のおもちゃにされている

 

はたして本当に喜ぶべき日は存在するのか

誕生日ははたして万人が嬉しく思える日なのか

 

 

マザーズ (新潮文庫)

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