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フィッツジェラルドに憧れて

思うこと書いていくだけのチラシの裏

親と子と他人

齢二十四にもなって、会話のキャッチボールをキャッチーミットに収められない人種なのですが、僕はよく知らない人に話しかけられる。

 

コンビニでアルバイトをしていれば、オーストラリアから旅行に来た外国人に道を尋ねられ(ちなみに勤務先は観光地でもなんでもない所)。 またある時は、大阪に旅行に行った際に現地人に道を尋ねられ。タクシーに乗ればタクシーの運転手の人生論を聞かされるという。

 

赤の他人の話を聞くという天命を授かったとしか思えないような日々を送っていて。

 

そんな今日も会社に遅刻しそうになり、タクシーで近くのバス停まで向かった。

その乗ったタクシー運転手のおじいちゃん(以下、おじいちゃん)が僕を乗せるやいなや

「この車は監視されてるさー、お客さんごめんねー」

と開口一番に言ってきて聞いてもいないのに防犯のために車載カメラが付いている旨を話してきた。

 

とっても焦ってるし、正直カメラに写ってようがどうでも良かったんだけど

老人にはめっぽう弱い僕は気を悪くしないようにおじいちゃんの話を聞いていた。

 

そんなおじいちゃんの遍歴がバツ2だとか、息子はIBMで働いてるとか、長野オリンピックの際は息子を大学行かせるために長野オリンピックの建設の出稼ぎに行ってただとか、娘はアメリカに留学に行って英語が堪能だとか、今は付き合ってる彼女がいるとか。

 

おじいちゃんの人生の波乱万丈な話を早朝、会社に遅刻しそうになりながら聞いてる社畜の図が滑稽すぎてなんか我ながら笑えた。

 

でもそんなただの自慢話を聞いててもおじいちゃんの話に出てきた息子や娘も僕より一回りも二周りも離れている人の話なのに

まだ子供のときと変わらないような話しぶりが親はいくつになっても子供は子供なんだなって感じてすごく気持ちが温かくなった

この感覚は子供がいないとわからないんだろなって少しセンチになった朝だった

 

ちなみに遅刻ギリギリに会社についたのは言うまでもない